キーの取り外し タンポの作成
ジョイントコルクの補修 キーの再組み立て
プロローグ
 このページは、自己流で行った古典フルートのリペア(修繕)についてまとめたものです。
以下のコンテンツは、あくまでも個人が行ったリペア手段としての一例です。
Yahoo!オークションで、古典フルート(10キー)を入手しました。
樽管の表面に辛うじて読み取ることのできる「OLMUTZ」 という刻印が有りますが、これはチェコ東部・モラバ地方の都市名「Olmouc」のドイツ語名です。恐らく、19世後半~20世紀初頭に製造されたジャーマン・フルートではないかと推測していますが、このようなクラシカルなフルートを手にしたのは、初めてのことなので詳細はわかりません。
10キー古典フルート(入手時)
頭部管と樽管の一部と下管接続部にできたクラックは、既に樹脂系の接着剤で補修されています。
このフルート入手時のキーパッド(タンポ)は状態が悪く、右手小指で操作する低音部の2つキーは機能していません。又、左手小指で操作するキーのトーンホールが故意に蜜蝋ワックスで密閉されており、このフルート本来の姿ではありません。
パーツ等の不足や致命的な構造上の欠陥は無いと思われますので、今回は、自身のスキルで行うことができる範囲内で、このフルートのリペアを試みたいと思います。
解体して清掃を行った状態
解体後に表面の磨き清掃を行ったところ頭部管と樽管に入った細長いクラック補修痕が気になり、各種塗料によるカモフラージュを試みましたが、結局、油性の黒サインペンによるものが一番無難なようです。
又、下管接続部のクラック補修時に樹脂テープでバインディングされた膨らみ(入手時の写真左下)が、外観を損ねている為、可能な限り表面を薄く削ることにしました。
キーの取り外し
 全てのタンポを交換する為に、キーの取り外しを行います。
今回、初めて知ったのですが、キーの固定ピン(矢印)は、ネジ加工が無く、このようなストレートピンのみで固定されています。ピンの先端部が少し曲げられており、打ち込んだ際、このタワミ(膨らみ)が軸受けの穴に食い込むことでピンが固定されます。
細い打ち抜きピンと小さなハンマーを使用して慎重に抜き取ります。ピンを抜き取った時に、各ピンの位置と打ち込み方向をラベル等に記入しておきます。
管尻側から数えて2番目と6番目のピン材質が鉄製(磁石に反応)なので、多分、以前の修理で、この2本のみ交換されたのかも知れません。
又、中部管の長いトリルキーをサポートする為の凹形のスタッドは補修の形跡があり、アルミ製の丸棒を加工したもの(少し違和感有り)が取り付けられています。
ジョイントコルクの補修
 中央部管体の2箇所に設けられたジョイント部のコルクを補修します。
入手時は、ジョイント部分に厚さ1mm程の皮(レザー)が、ボンドで貼り付けてありました。これで十分に機能していますが、やはり古典フルートという名称にこだわり、コルク材を使用した自己流の補修を行いました。
① コルクシートを入手する

ホームセンターで、シート状のものを購入(21×280×1mm)ピッコロのリペアで使用したものが、まだ沢山残っていました。
② 適正サイズにカットする

先ずは、幅11mmと14mmの幅で適当な長さに切り取り、ジョイント部の溝に巻き付けて約4mm位オーバーラップする長さでカットします。
これは裏面の紙を剥がすと糊が付いているタイプです。
③ 両端を叩いて薄くする

コルクの先端部分を図のようにクサビ形に加工してから溝に沿って巻き付けオーバーラップ部のみ少量の接着剤で固定し、接着乾燥後、不要部分をナイフで切り落とします。
④ コルクを接着する

通常、コルクは、ボンドやシェラック(*)などで接着するようですが、今回は糊付きで、かなり接着力もあるようなので、オーバーラップ部分のみ少量の瞬間接着剤で固定しました。

* シェラック(shellac)...樹脂製の接着剤
⑤ コルクの表面仕上げ

木工用メッシュヤスリ(#600)を使用して表面を仕上げました。
接続部を傷つけないように養生テープを巻いてガードします。
⑥ はめあいの微調整

好みのキツさ(はめあい公差)になるよう微調整を行います。コルクグリスを塗るのは、はめあいの程度を確認してからにします。
タンポの作成
 このフルートには、サイズの違う3種類のタンポが取り付けられており、先ずは、取り外した全てのキーの老朽化したタンポを取り除きました。
これらのタンポは、現代のフルートに用いられているのような、フェルトとフィッシュスキン(動物の腸など)によるものではなく、ここでは、タンポ皿に直接貼り付けられたコルク材のベースに、皮製のパッドをが貼り付けてあります。さらに、数ヵ所のキーには、ラバー状の黒いパッドが貼り付けてありました。
接着剤にシェラック(shellac)は使用されておらず、タンポ皿を熱しても取り外すことができない為、結局コルク材のベースはバラバラに砕けてしまいました。因みに、キーの内側は、浅いお皿のような形状となっています。
タンポは、大きいサイズから順に、タンポ A(φ14mm)×4個、B(φ10mm)×2個、C(φ9mm)×4個の合計10個です。
各タンポの厚みは未だ不明ですが、タンポでトーンホールを塞ぐという、このフルートの基本構造は、現代のフルートやピッコロと同じと考え、以前作成したピッコロ用のタンポを数ヵ所のキーとトーンホール間に挟んでみたところ、この厚さのものなら今回のリペアで使用することができそうです。
従って、別ページ「タンポ作成」と同じように、フェルト(2mm厚)とボール紙(約0.5mm厚)をスキン(羊腸)で包み込んだ基本構造のタンポを作成してみました。
タンポは、先ずタンポ皿側のシェラックに調整紙(シム)を固定してから、接着剤(でんぷん糊など)で固定します。
タンポの基本構造(断面図)
作成したタンポ(上から A 、B、C )
キーの再組み立て
 キーの再組み立てと、トーンホールの隙間調整とを行います。
一般的なベーム式フルートの場合、各キーが複雑にアセンブリされており、タンポ調整では何度もキーメカニズムの取り外しと再組み立てが必要となりますが、このようなクラシカルなフルートでは、各キーが独立している為、比較的容易に行うことができます。
ここでの組み立ての順序は根拠のあるものではありませんが、以後、間違えないように各キーの取付ピンに、管尻側から順に番号付け(No.1~10)を行いました。
又、実際に音を出しながら、各キーの隙間を確認することもできそうなので、歌口側にあるトーンホールから順次に行うことにしました。
今回は自作のタンポであり、現時点では未だこのフルートの適正なタンポの高さがわからないので、取り敢えずタンポがトーンホールを塞ぐポイントが適正かどうかを見極める為に、ピンNo. 9(トリルキー)から作業を始めます。(矢印はピンを打ち込む方向)
ピン No. 9 2つのトリルキーは、この固定ピン1本で組み立てられています。
先ずはこのキーからタンポの取り付けと隙間調整を行いました。
① シェラックの準備

タンポ皿にタンポを固定するには、シェラックと呼ばれる樹脂製の接着剤を使用します。
このようなスティック状になったものを細かく削ります。
② シェラックを溶解

タンポ皿にシェラックを乗せ、バーナー(ライター等)で加熱溶解させます。火傷をしない為に、工具を使用してキーをホールドする方が賢明です。
このフルートはタンポ皿が浅く、タンポの外周部が皿に埋まらないような形状なので、シェラック溶解後に皿の部分の8割位が埋まり表面がフラットになる位の量を目安とします。
③ 薄い紙を固定する

タンポサイズに切り取った調整紙(シム)をタンポ皿の溶けたシェラックの上に重ね、冷えて固定されるのを待ちます。
タンポとトーンホールの当たり具合により紙厚を調節します。
④ タンポをセット

タンポ皿の表面に煤(スス)が付着していますので、綺麗に拭き取り、タンポ皿の上にタンポを置きます。
但し、未だスキマの有無を確認していないので、先ずは置くだけにしてキーを組み立てます。
⑤ スキマを確認

薄いスキミゲージをタンポとトーンホールの間に差し込み、キーを閉じた状態でタンポ皿全方向のスキマの有無を確認します。
ここでは、一定の圧でクランプされているようです。
⑥ 糊付け

キーアセンブリを取り外し、タンポ裏面に接着剤を塗布し接着固定します。(今回は、タンポ皿が浅く剥がれる懸念がある為、強力な瞬間接着剤を使用しました)
もし、手順⑤でスキマが有った場合は、手順⑥でのタンポ接着は行わず、該当する紙厚のシムをもう1枚追加糊付けし、キー組み立て後、再度スキマの有無を確認します。
スキマ確認の手順で、ある程度のタンポ厚を見極めれば、以後の調整はどれも比較的容易かと思われます。又、これも独自の見解となりますが、小型のタンポは、最初は少し厚めに設定しておき、キー取り付け時に押さえ込むことである程度の気密性が得られるようです。
勿論、タンポ表面が同時にトーンホールを塞ぐような調整方法が基本であり、タンポ後部(キー支点側)が先にトーンホール面に接するような状態(その逆も)は良くありませんが、タンポ厚を適正に設定すれば、手順⑤で図示されるようなシビアなスキマ調整(全方向)を行う必要は無いのかもしれません。
以下は、前記トリルキーと同じ手順により、キーの組み付けとタンポ交換を行いました。(矢印はピンを打ち込む方向)
ピン No. 8 前記の手順②~⑥と同じく、タンポ皿の調整紙はハガキを利用したもの1枚を使用し、これにタンポを直接接着しました。
ピン No. 10 ハガキを利用した調整紙では少し厚過ぎる為、コピー用紙1枚のみとし、これにタンポを直接接着しました。
ピン No. 7 これも調整紙はコピー用紙1枚のみとし、これにタンポを直接接着しました。
ピン No. 6 調整紙はハガキを利用したもの1枚を使用し、これにタンポを直接接着しました。
ピン No. 5 調整紙はコピー用紙1枚のみとし、これにタンポを直接接着しました。
ピン No. 4 調整紙はハガキを利用したもの1枚を使用し、これにタンポを直接接着しました。
ピン No. 3 この2つのレバーの先端部は、ジョイント(一種の関節)となっています。
先端部の針状の突起部分が長年の使用で摩耗しており、レバーを押さえてもタンポ皿側のキーが十分に作動せず、双方ともにトーンホールを完全に塞ぐことができません。
針状の突起部分、或いは、タンポ皿側の穴を補修するのが望ましいのですが、この場合は、タンポ皿のベースをコルク材で嵩(かさ)上げすることで対応しました。
何故かは解りませんが、低音部キーの片方のみが現在のフルートのようなタンポ皿(深いナベ型の形状)になっており、これに厚さ1mmのコルク材を2枚、最低音キーのタンポ皿には1枚をベースに固定しました。
低音部のキーとタンポ皿
ピン No. 2 コルク材(2枚使用)のベースに、調整紙1枚(ハガキ)を貼り付け、さらにタンポを接着固定して調整を完了しました。
ピン No. 1 コルク材(1枚使用)のベースに、調整紙1枚(ハガキ)を貼り付け、さらにタンポを接着固定して調整を完了しました。
◆ ◆ ◆
リペア完了 !
エピローグ
先ずは、全てのトーンホールを塞ぎ、チューナーでこのフルートの最低音(基音)を確認しました。
チューナーによる測定値は、262Hz(ヘルツ)前後の周波数値(C4)を示しています。
オークション入手時に「この楽器は、C管では無く、それより半音高いD管...」との説明書きが有りましたが、何故か基音(最低音)が違うように思われます。
詳しいことは判りませんが、バロック・フルートの時代には、A音(ラ音)が現代のA=440~442Hzではなく、415Hzでチューニングされていたそうなので、最低音が半音近く低めに測定されたものと推測します。
因みに、表計算ソフトウェア「エクセル」で平均律の周波数を求めると、以下のような周波数値となりました。
尚、数式の ^ (キャレット)は Microsoft Office Excel 計算に於ける「べき乗」です。
A=440Hzに於ける C4の周波数値:  =SUM(440/2^(9/12)) → 261.626(Hz)
A=415Hzに於ける D♭4の周波数値: =SUM(415/2^(9/12)*(2^(1/12))) → 261.434(Hz)
このように、キャリブレーション設定(A=440Hz)に於けるC4音の周波数値と、キャリブレーション設定(A=415Hz)に於けるD♭4音の周波数値は殆ど同じ値となり、これが私の推測(間違っている可能性も有りますが)の根拠となります。
現代のフルートに比べると音量が小さく感じますが、柔らかな音色で `1世紀余も昔のフルートの音´という私的な期待からか、何か特別な音のような気がします。
自作したタンポの厚みが、概ねこのフルートの基準に近かったことや、トーンホールとの接触部が全体に小さい事もあり、今回のリペア作業のハイライトともいえるタンポ交換と調整作業は、比較的スムーズに行うことができました。
別ページ「フルートのリペア」での手法と同じく、プロのリペアマンのような微細な調整のテクニックを駆使したものではないので、最良のパフォーマンスとは言えませんが、低音から高音域(自身の)までスムーズな音出しができます。
但し、この楽器はかなりのウェイトが有ります(^^;) 手が大きく指の力もあるドイツ人向き(?)に作られているので、右手小指で押さえる低音部の2つのキー操作が私にはキツく、これを使いこなすのには訓練が必要です。
初めて手にする楽器なので断定はできませんが、人間の手の造作から考えると、各キーに対する指の割り振りは以下となります。
フルート各部の寸法を測定しました。(測定器具が貧弱な為、表示寸法±0.5mm位の誤差が有るかも知れません)
Ten-Key Classical Flute 寸法図 (参考)
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