プロローグ
 このページは、自己流で行ったフルートのリペア(修繕)についてまとめたものです。
以下のコンテンツは、あくまでも個人が行ったリペア手段としての一例です。
Yahoo!オークションで、YAMAHA YFL-23 という古いフルートを入手しました。
オークション出品時の画像(Before)
製造年から既に30年以上も経過したものなので表面がさびて変色していますが、余り使用していなかったのか、殆どキズや凹みは有りません。丁寧に内外の汚れを取りメッキ面を磨き上げることで見違えるように綺麗になりました。
綺麗に磨き上げた状態(After)
しかし、タンポはかなり老朽化しており、良い音を出すには全てのタンポを交換する必要が有ります。
フルートのリペアは専門的な知識と技術が必要で、素人によるタンポ交換や調整は行うべきではないとの認識が一般的です。
しかし、タンポ交換費用は高額で、その他の調整リペアを行う場合はさらに料金が上乗せとなるようです。
 格安で入手したフルートでも有り、ここは`ダメもと´と考え自分でリペアを行うことにしました。
尚、以下から鑑みて今回のリペアは、現フルートのタンポ基本構造(ボール紙とフェルト)をそのまま利用し、表面のスキンのみを交換することにします。
① タンポを新品に交換する場合、個人での入手が何故か難しく、又、入手できたとしてもタンポそのものが高額である。
② タンポの調整は厚さの異なる調整台紙を使ってタンポ表面とトーンホール外周間の微妙な隙間を修正する事ができる。
③ タンポ表面の材質には羊腸など(スキン)が使用されているようなので、市販品のケーシングで代用する事ができる。
材料と補修用工具の準備
 フルート用タンポの補修を行う場合に必要となる材料と工具をリストアップしました。
羊腸(スキン) ... 今のところ代替できるタンポ材料は無く入手は必須です。ソーセージ用の塩漬け天然羊腸であれば容易に購入することができますが、今回は、使用する分量と保存期間などを考慮して少々割高にはなりますが、このアルミパックタイプ(2M×5個入り)を選択しました。(他には、前もってシート状に加工された羊腸紙なるものも販売されているようですが、入手先や価格が判らない為、購入を諦めました)購入先リンク
接着剤(シェラック) ... これもタンポのリペアを行う場合は必須です。フルートの殆どのタンポは中心をネジで固定しますが、一部のキー(Cキー、D・E♭トリルキー)は接着剤で固定する必要が有ります。通常は、シェラック(shellac)と呼ばれる樹脂製の接着剤が用いられており、今回はスティック状のもの一本を通販で購入(送料の方が高い)、これを少量バーナーで溶かしてキーとタンポを固定します。
タンポヘラ(ステンレス製) ... タンポのアイロン掛け等に使用する工具です。ホームセンターでステンレス板(少量/厚さ0.5mm)を購入し取り敢えずこのような形状に加工しました。この工具は厚さ0.3mmと0.8mmのものが通販で購入可能ですが、今回は手抜きをして製品にあるような中間部のくびれを省略、厚みも一種類(0.5mm)のみとしました。購入先リンク
バネ掛け ... キーの適正な位置にバネをセットする為の工具です。100円ショップで見付けたハンダ付け用のツールを改造したものです。左側の先端は当初フォークのように少し曲がっていましたが平たく伸ばし、右側はスリット状に加工して有った片側を切り落としもう一方をこのような形に曲げました。
マイナスドライバー(小) ... キーの取り外しと再組み立て時に使用します。工具箱を探してもこのような小さなドライバーは見当たらない為、新しく購入することにしました。(1.5mmと2.0mm幅のものを購入)
ピンセット ... 羊腸とタンポの基本構造との糊付けを行う際に使用します。これも、普段は余り使用するものでは無い為、この際購入する事にしました。(100円ショップ)
のり(工作用でんぷん糊) ... 羊腸とタンポの基本構造を接着するのに使用します。最近は、スチックタイプの合成糊が殆どで、このようなチューブ入りのでんぷん糊は余り使用されなくなったようです。(ホームセンターで購入)
千枚通し ... 調整時にタンポの表面を傷つけないようにキー皿から取り外す際に使用します。
バケツ(小)と水差し ...天然羊腸の戻し(塩抜き)を行う際に使用します。料理用のステンレスボウルを使用すれば良いのですが、家内にいやな顔をされるのを予想して購入する事にしました。(水差しはタンポを包み込む羊腸を湿らす際に必要かも知れないのでバケツと共に100円ショップで購入)
ポリ製のヘラ ...塩抜きした羊腸を通し一定サイズにカットする時に必要となります。不要になったクリアファイルをこのような形に切り取りました。(長さ170mm×幅17mm)
プラスチックのトレイ ...タンポの補修作業時に使用します。トレイは机上でタンポの補修を行う際に水を使用するので準備しました。分別トレイは、キーやネジ等を取り外した時に使用します。(共に100円ショップで購入)
タンポ作成用の治具(厚さ4~5mm) ...タンポの基本構造をスキンで包み込む際のガイド治具です。この厚みのプラスチック板はサイズが大きく意外に高価です。今回は、このような定規を利用して自作しました。
タンポ糊付け用ヘラ ...タンポ作成時、スキンの糊付けで必要になるる工具で、代替品が無い場合は自作が必要です。ステンレス製の丸棒の先端をハンマーで平らに伸ばした後、先端部を斜めに加工しました。
着火用ライター ...接着剤(シェラック)を溶かす時などに使用します。以前購入したものですが、今は殆ど使用する機会が無い着火用ライターです。(バーナーが無く、これにて代用)
あぶらとり紙 ...タンポとトーンホール間の隙間を確認するスキミゲージとして使用使用します。薄紙なら何でも良いのですが、手近にある薄紙としてこれに思い当たり、家内に頼んでみました。粗品として貰ったものだそうです。
厚さの異なる各種用紙 ...調整台紙の材料として使用します。紙を扇形に切り取りタンポの調整台紙として使用します。チラシ等を含め家中をいろいろ探してみましたが薄手の紙を揃えるのに苦労しました。
小型鋏 ...調整台紙やスキミゲージ切り取る時などに使用します。タンポの調整台紙を扇形に切り取ったり、スキミゲージを作成するときに使用します。(100円ショップで購入)
小ペンナイフ ...塩抜きしたスキン(羊腸)をカットする時に使用します。塩抜きした直後の羊腸を開く時や乾燥した羊腸スキンを適正な大きさに切り取る際に重宝します。(以前100円ショップで購入)
スプレーの蓋 ...スキン(羊腸)を切り取る時のガイドに使用します。乾燥させたスキン(羊腸)をタンポを包み込むサイズに切り取るのに、このスプレーの蓋が丁度良い大きさ(径がφ35mm位)なのでこれの外周に沿ってペンナイフで切り取ります。
コンパスカッター ...調整台紙を作成する時に使用します。タンポ調整用の台紙を作成するのに余りにも手間が掛かる為、やむなく購入しました。これを使えば、必要サイズの調整台紙を容易(しかも綺麗な円形)に切り取ることができます。
革抜きポンチと専用下敷き ...タンポ中心の穴開けに使用します。タンポ中心の穴開けに使用します。φ2mm用はフェルトとスキン、φ6mm用はボール紙の中心穴サイズとなります。今回は、多分φ2mmのみの使用となりますが、ボール紙やフェルトを自作する場合は、外径サイズ(φ12、16、18、19mm)が必要です。このような専用下敷きが有ればより綺麗な穴を開ける事ができます。
一穴パンチ ...タンポ調整用台紙の中心部の穴開けに使用します。革抜きポンチは、薄い紙の穴開けには不向きなのでこれを使用すると便利です。これも100円ショップで見付けたものですが、薄い紙の穴開けも簡単に行うことができます。
キーの取り外し
 フルートを補修する為には、全てのキーを取り外す必要が有り、フルート修理の専門家でも無い限りは、一旦バラバラにした部品を元通りに組み立てることを考えるとかなり躊躇してしまいます。
Yamaha Anatomy of the Flute
キーメカニズムを取り外す場合、基本的には小さなマイナスドライバーを使用します。取り外したキーやネジ等のパーツは、分別トレイ(100円ショップで購入)を使用し、足部管・右手キー・左手キー等アセンブリ毎に分け微小なネジ類は別にまとめるようにしました。
分別トレイを利用
又、今回が初めての作業なので、キーに取り付け位置を記したネームラベルを貼り再組み立て時に備えました。通常は清掃することのできない細かいパーツ部分の磨きをこの機会に行っておくと良いでしょう。
今回のリペア・トライに備え、予めフルート各部の写真を撮っておくことにしました。念の為に写真では判断できないスプリング(バネ)機構のしくみについては、以下(8.項) にまとめました。
タンポの基本構造
 タンポの基本構造を調べてみました。
このフルートには大きさの違う4種のタンポが取り付けられています。
判りやすくする為、大きいものから順にタンポA・B・C・Dとしました。足部管にはタンポA(φ19mm)が3個、主管にはタンポB(φ18mm)が8個、タンポC(φ16mm)が2個、タンポD(φ12mm)が3個使用されております。
先ずは足部管のキーを解体し、タンポA(3個)を取り外してみました。一見ダメージは無いようにも見えますが、やはり30年以上経っているのでスキンが老朽化し脆(もろ)くなっており簡単に剥がすことができました。タンポは固定ネジと座金を外すとそのまま取り出す事ができ、多分この部分には接着剤(シェラック)は使用されていません。
主管のタンポB(8個)と、タンポC(2個)も基本構造は同じとなっています。
タンポ(A・B・C)のキー皿の底一面に焦げ茶色のコーティングがされておりますが、多分これはタンポ皿の底面形状をフラットに保つ為のデザインではないかと推測します。又、小さなタンポD(3個)を取り外すと裏面に茶色の材料が付着している為、この部分はシェラックで固定されていると思われます。
タンポ(A)の基本構造(下図左) ...タンポA、下方は左からE♭キータンポ皿、ボール紙、フェルト、座金、固定ネジ
タンポ(D)の基本構造(下図右) ...タンポD、下方は左からE♭トリル・Dトリルキータンポ皿、ボール紙、フェルト
タンポ(A)の基本構造 タンポ(D)の基本構造
タンポ取り付け図
タンポ皿の底部に焦げ茶色にコーティングされた部分が有ります。(シェラックではないと思う)
Cキー、E♭・Dトリルキー等の小さいタンポ皿のタンポはシェラックで固定されています。
タンポ(A・B・C・D)の基本構造はフェルト(厚2mm)とボール紙(厚0.7~0.8mm)とで構成されています。
タンポ(A・B・C)のフェルト中心穴径はφ2mm、ボール紙の中心穴径はφ6mmです。
ボール紙の糊しろ跡から、タンポ(A・B)に必要なスキンサイズは、φ32~35mm位と推測します。
タンポ(C)のスキンサイズはφ30mm位、タンポ(D)のスキンサイズはφ25mm位です。
ダブル(2枚重ね)スキン仕様では無くシングルスキンのようです。
私見: このフルートのタンポ構成はシンプルで、予想した隙間調整用の台紙は全く使用されていませんでした。入門者向きのモデルなので繊細な調整はなされていないのかも知れませんが、その反面、全てのキーに隙間修正用のシムや台紙を使用していない品質の標準化には感心しました。
タンポ用スキンの作成
 天然羊腸を使用して、タンポ用スキンを作成します。
今回必要なタンポはφ19mmのものが3個、φ18mmが8個、φ16mmのものが2個、直接貼り付けて固定するφ12mmのものは3個必要ですが、このパックの内容量からすれば多分十分なスキンが作成できると思います。
① 天然羊腸の塩抜き
ウインナーソーセージ用ケージング(Casings)のアルミパックを開封するとこのようになっており、「必ず水洗いして塩分を落とし十分ふやかしてからご使用下さい」との説明文が有ります。
開封した直後の天然羊腸 水に浸して塩抜きを行う
ソーセージにするとこれで2メートル分が作成できるとのことですが、このように縮めてある為にシワができないか、或いは、必要なスキンサイズ(少なくとも幅40mm以上)を確保できるかどうか心配となります。
小さなバケツに水を入れこれを浸しましたが、どの位の時間が良いのか解らない為、こまめに水を取り替えながら様子を見ることにしました。
これで大丈夫という確信は有りませんが、5時間程でかなり表面が柔らかくなったようです。(この間、2回水を交換)
② 羊腸を一定の長さにカット
作業を行う前に、羊腸のプラスチック製ガイド芯のコーナー部を面取り加工(爪切り等を使って)しておくと、引き出す時に羊腸を傷つける事が少なくなります。
A: ポリ製ヘラを羊腸に差し込む B: ポリ製ヘラをゆっくり送り込む C: この状態でカットする
③ 乾燥スキンの作成
・ 羊腸を適正な長さにカットした状態(上図C:)のままガラス窓に貼り付けてから、中央をカッターナイフで一直線に切り開きます。
・ ポリ製ヘラの表面に多少の刃キズが付く事が有りますが、羊腸は簡単に切ることができますので必要以上の力を加えないこと。
・ ポリ製ヘラをそのまま指で押さえながら、切り開いた羊腸の縁(へり)の部分を各々上下左右に丁寧に伸ばします。
・ 余り薄く伸ばすと、乾燥後にスキンがガラス面から剥がし難くなったり破れたりする懸念があるので注意します。
・ できるだけ長方形になるように形を整えてから、ポリ製ヘラをガラス面から離してください。
【羊腸をガラス面に貼り付ける】
カットした羊腸を順番に窓ガラスに貼り付け伸ばした状態です。左上が最初のもので形が歪(いびつ)ですが、下の方になる程手慣れてきたのか形も良くなってきました。
心配したシワは大丈夫のようです。又、幅方向のサイズは、この状態で40mm以上確保されており、今回のタンポ補修用のスキンとして使用できる筈です。
尚、家の窓にこのような`生もの´を貼り付ける場合、家族の承諾が必要となりますのでくれぐれも注意してください。
窓ガラスに貼り付ける
【乾燥後に剥がした状態】
羊腸を窓ガラスに貼り付けてから、翌日(約15時間後)確認すると、完全に乾燥していた為、1枚づつ丁寧に剥がし、写真のようなクリアファイルに挟み込みました。
乾燥時間がこれで適正かどうかは解りませんが、最初の失敗作を含めると長さ100mm以上のシートを16枚作成することができました。
表面の各所に白く濁った汚れができていますが、多分材料に含まれる粘性の成分が乾燥したものと思われ使用上の問題は無いと考えます。
スキンの完成品
④ スキンを円形に切り取る
スプレーの蓋の外周に沿ってカッターで切り取りました。スキンは、できるだけ汚れ(キズ)の少ない部分を選択します。

スキンを円形に切り取る際、刃先が時々スプレーの蓋(外径)に食い込んでしまう場合が有り、できれば円形のガイドは金属製のもの(コインなど)が良いと思います。
スキンサイズに切り取る
タンポ(A・B)用のスキンサイズは、φ32~35mm位、タンポ(C・D)用は、φ25~30mm位のものが必要です。
1シートでタンポ(A・B)サイズのものが2~3枚作成できますので、念の為、少し多めに作成しておきます。今回作成したシート全部で、タンポ(A・B)サイズが34枚、少し小さいタンポ(C・D)サイズが10枚作成できました。
作成したスキン
タンポの補修手順
 タンポ補修用と、作成したスキンを使用して各タンポの補修を行います。
タンポ補修用の治具は、プラスチック製の定規(厚さ4~5mm必要)を利用し、これに円形のガイド穴を開けたものです。ガイド穴は、実際のタンポ径より約1mm位大きめの穴を開けます。
タンポ補修用治具(最終バージョン)
タンポガイド穴(左からφ20mm、φ19mm、φ13mm、φ17mm)を囲むように、スキンのガイド穴(左からφ35mm、φ35mm、φ26mm、φ30mm)が有ります。スキンのガイド穴は、薄いアクリル板(厚さ1mm程度)に穴加工したものを両面テープで固定してあります。
① タンポ補修の準備

補修作業では水を使用する為、プラスチックのトレイを使用します。
右上はポリ製水差し(100円ショップで購入)
② ガイド穴に水滴を落とす

黄色のガイドはシートを正しい位置に留めておく為のものです。
先ず、穴の中央にこのように水を数滴注ぎます。
③ スキンと基本構造を乗せる

黄色いガイド穴に合わせ、スキン、フェルト、ボール紙の順に重ねます。
予め、ボール紙の縁に幅4mm程でんぷん糊を塗布しておきます。
④ タンポ中央を押し込む

タンポの中央部を指、又はヘラ等で軽く押さえながら、ゆっくり押し込んで行きます。
止まるまで押さえて、このような形にします。
⑤ スキンを貼り合わせる

小さなヘラでスキンを内側に折り、貼り合わせます。既にタンポ全体が水で濡れています。スキンの糊付け部分をできるだけ平らに仕上げてください。
⑥ 乾燥させる

ガイド治具を持ち上げれば、完成です。未だ水で濡れている為、糊付け面を上にしてそのまま自然乾燥させます。
できるだけ表面が滑らかな場所に置くようにしていてください。
尚、スキンは一旦水分に触れると大きく変形してしまいます。特に前記の手順③では、絶対に水分と接触しないようにくれぐれも注意してください。又、補修が終了し、次のタンポ補修を行う前に必ず毎回、ガイド治具やトレイ内の水分を綺麗に拭き取るようにしてください。
手順③の詳細
作業の途中で気付いたのですが、手順②(水差し)は、手順③(スキンと基本構造のセット)の後に行うようにし、そのまま補修用治具を持ち上げ、水差しを行ってから再び定位置に戻すようにすればスキンが水に触れる危険性が少なくなります。
手順⑤にあるスキンの糊付けで使用する工具(ヘラ)は、ステンレス製の丸棒(φ4mm×長さ180mm位)の先端をハンマーで平らに伸ばした後、このような形状に加工しました。マイナスドライバーの先端を斜めにしたような形状で角がないようにR面取りを行います。もう一方の端も同じ形状で、小さなタンポの糊付けにも対応できるように、平らな部分を少し細めに加工してあります。
上記(タンポA)と同じ手順により、タンポB、タンポC、タンポDの補修を行います。
基本構造をスキンで包み込む時に、旧フェルトにある座金の締め跡が内側(ボール紙側)になるように重ねることで凸凹の跡を隠しました。
写真上からタンポA(φ19mm×3個)、タンポB(φ18mm×8個)
タンポC(φ16mm×2個)、タンポD(φ12mm×3個)
今回補修したタンポ
尚、市販の天然羊腸から作成するスキンの耐久性が少し心配となり、今回は念の為に`2枚重ね´仕様としました。
⑦ 最初の補修タンポが乾燥した後に、前記の手順③~⑤をもう一度繰り返すことでスキンを2枚重ねにします。
⑧ タンポの厚さをできるだけ均一にする為、2枚のガラス板の間にタンポを等間隔に配置し一定時間加圧します。
タンポのプレス
この作業はタンポがある程度乾燥してから行うようにしてください。ガラス板の加重が均等にかかるようガラス面の中央部に各タンポを配置します。又、ガラス板のサイズが小さい場合は、中央部に適当なおもりを乗せます。
プレスに要する時間は任意ですが半日程度はこの状態を保持しました。その後、タンポを完全に乾燥させることで一応スキンの補修は完了します。
⑨ 革抜きポンチによる穴開け

補修したタンポのスキン中心部にネジ止め用の穴を開けます。
このタンポの場合は、革抜きポンチ(φ2mm)を使用します。
既に穴が開いているボール紙、フェルト側にポンチ先端を押し込み、木ハンマー等で打ち抜きます。
⑩ 完成

小さなネジを通す穴なので、ポンチを使用する必要は無いかも知れませんが、切り口を綺麗にすることで、タンポ補修のクォリティーが向上します。
 追 記 : タンポ作成について
後日、2度目となるフルートのリペアでは、このタンポ補修手順と同じ手法で新しいタンポを作成(自作)してみました。
タンポの新規作成
調整台紙・スキミゲージの作成
 タンポ基本構造の厚み調整に使用する台紙を作成します。
今回は、従来使用していたタンポの基本構造をそのまま補修用に充当していますので、タンポとトーンホールとの間に極端な隙間ができることは無いのですが、やはり部分的には上手く蓋がれない部分も有るようです。
通常、タンポ基本構造の厚みはフラット(均一)ではなく、さらに各キー皿やトーンホールの形状も各部分で高さが異なっています。従って、その隙間を調節するには、その形(厚み)に合わせた調整台紙をタンポの裏に配置し、タンポを下から押し上げる必要が有ります。
調整台紙を作成しようと家中を探してみましたが、商業印刷で使われる用紙はどれも同じような厚みのものばかりで、異なった種類を揃えるのに苦労しました。
又、調整台紙の作成に思わぬ手間と時間がかかることに気付き、タンポの隙間調整を始める前に、やむなくコンパスカッターを購入することにしました。これを使用すると紙を切り抜くことが楽しくなります。
先ずは、複数の異なった厚みの用紙をキー皿の径に合わせて丸く切り抜き、中心に一穴パンチ(補修用工具参照)で穴開けを行います。
タンポの隙間調整の際、これを任意の大きさ(扇形)に切り取りタンポの裏に配置します。

右側の紙片は、あぶらとり紙(化粧用の和紙)を細長く切り取ったもの(幅10mm×長さ100mm)で、先端が細くして有り、これをタンポとトーンホールとの間の隙間を確認するスキミゲージとして使用します。マイクロメーターを持っていないので、正確な厚みは解りませんが、これが現時点で私が入手できる最も薄い紙です。
ここでは、厚さの異なる5種類の用紙を使用して調整台紙(◎形)を作成することにしました。 調整台紙とスキミゲージ
紙厚の薄い方から、(1)トレーシングペーパー、(2)コクヨ製お会計表、(3)商業印刷のチラシ、(4)コピー用紙、(5)使用済のカレンダーの順となります。
尚、前記あぶらとり紙で作成した隙間確認用のスキミゲージ以外に、今回使用する5種類の調整台紙と同じ材質(厚み)形状のスキミゲージ(各1~2枚)を事前に作成しておきます。これらは、タンポ調整時の隙間の度合いとその範囲を把握するのに必要となります。
タンポの隙間調整
 補修を終えたタンポを該当するキー皿に固定します。先ずは、キーの組み立てが簡単な足部管から行うことにしました。
① タンポを固定する

タンポA(φ19mm)をタンポ皿に入れネジで固定しますが、ネジは締め過ぎないように常に一定のトルクで行います。
足部管で使用する座金3枚は他のものより少し大き目です。
② アイロン掛け

タンポヘラ(専用工具)を暖めタンポ表面のシワを取ります。
事前に濡れた布でタンポ表面を少し湿らせておきます。
スキン(皮膚)なので火傷をさせないように!
③ キーを組み立てる

別に決まりは有りませんが、シャフトネジが右方向からなので Low Cキーから順に組み立てます。一応各開閉用バネも定位置にセットします。
④ 隙間の有無を確認

作成した最も薄いスキミゲージをタンポとトーンホールの間に差し込み、キーを押さえます。軽く引き抜いた時に抵抗が無く、スッと抜けてしまう場合は、その部分に隙間が有ります。
⑤ 全方向のチェック

スキミゲージによる隙間の確認は図のように全方向行います。隙間の大きさを把握する為、5種類程度の厚さの異なるスキミゲージを使用すると良いでしょう。
尚、この図ではキー皿をダイレクトに押さえていますが、これでは押さえ圧にバラツキが生じる為、実際のレバー操作を行うことでスキマを確認します。
⑥ 情報の収集

隙間の有る範囲とその度合いを注意深く確認しながら、その位置をマークしておきます。
このようなキーのイメージ図を作成し、それにキー毎の情報を書き留めておきます
A. 通常、タンポの隙間は扇形にカットした調整台紙でカバーしますが、隙間の度合いが大きい場合は、先ずタンポそのものの厚みをチェックする必要が有ります。
B. 一般的にキー皿の後部(支点側)に隙間ができる場合は、タンポの厚みが不足しており、逆に前部に隙間ができる場合はタンポが厚すぎることが考えられます。
A.の場合では、◎形の調整台紙を追加して高さを調節します。又、タンポが厚すぎる場合は、5.タンポの補修手順 ⑧ (タンポのプレス)を行うことである程度の隙間修正を行うことができるかも知れません。
隙間の範囲とその度合いは、作成した調整台紙と同じ厚みで作成した複数のスキミゲージ(6. 参照)を使用して見極めるようにします。
あぶらとり紙で作成したスキミゲージが確実にクランプされる場合を`OK´とし、スッと抜けてしまう場合は、これより1段階厚いゲージを差し込みチェックします。
スキミゲージの厚み毎に1~5の番号を付け、例えば、2のスキミゲージをしっかりクランプする場合は、`2´と書き留めます。又、1と2のスキミゲージを重ねた時にしっかりクランプする場合は`1+2´とします。同時にスキマの範囲(形状)についてもコメントを書き留めておくと良いでしょう。
⑦ キー毎のタンポ隙間に関する情報収集を終えてから、該当するキーアセンブリを取り外します。
⑧ 方向マーク付け

タンポの方向をチェックする為に水性ペン等でマーク付けをします。
スキンを傷つけないように千枚通しで中央寄りのフェルト部分に刺すようにしてタンポを取り出します。
⑨ 調整台紙を配置

このように、調整台紙を扇形にカットしたものを複数枚重ねて、最大隙間を頂点とした階段状(凸型)に配置するようにします。方向マークに合わせてタンポをキー皿に固定します。
⑩ キーアセンブリを組み立て、再びタンポとトーンホール間の隙間をチェックします。
⑪ 問題が有れば、⑥情報の収集~⑦キーの取り外し~⑨調整台紙の配置~⑩キー組み立てと隙間の確認を繰り返します。
⑫ 再組み立て

足部管だけですが何とかタンポの交換と調整が終わりました。未だ、実際に音を出して確認することが出できませんが、一応タンポはその役割を果たしているように思われます。
主管側のタンポもみな同じような構造である為、この方法にて順次調整を行いますが、その前にタンポ交換に於けるもう一つの形態(シェラックでタンポを固定)である、小さなタンポ(Cキー、E♭・Dトリルキー)の調整方法について説明します。
⑬ E♭・Dトリルキー

主管側の裏面にあるE♭・Dトリルキーのタンポ皿に小さいタンポ(φ12mm)を入れます。未だ、仮に入れただけなのでタンポ皿に固定はされていません。
⑭ 隙間の有無を確認する

キーを取り付け、一応各開閉用バネも定位置にセットします。スキミゲージをタンポとトーンホールの間に差し込み、この状態でクランプの状態をチェックします。
⑮ タンポ皿に台紙(シム)を固定する

タンポサイズに切り取った台紙(シム)をタンポ皿に固定します。ここでは、コピー紙を使用しましたが、⑭でのクランプの程度により紙厚を調節します。
シェラックを皿内で溶融させ台紙を固定します。
⑯ タンポを固定する

タンポの裏面にでんぷん糊を付けてキー皿に固定したら、キーを主管に取り付けます。
取り付け前にタンポ表面を少し水で湿らせておいてください。
⑰ タンポ表面のシワ取り

タンポヘラ(専用工具)を暖めタンポ表面のシワを取ります。
ヘラを暖め過ぎないように注意してください。
⑱ タンポをトーンホールに馴染ませる

もう一度、タンポ表面を少し湿らせ、このようにバネ圧より少し強めに押さえ込み、トーンホールに馴染ませます。
念のために、もう一度スキミゲージでクランプ状態を確認します。
 Cキーのタンポ取り付けと調整
E♭・Dトリルキーと同じ要領で、Cキーのタンポ取り付けと調整を行います。
これら3つのタンポは、トーンホールとの接触部が小さい事もあり、どれも比較的調整が容易かと思われます。
邪道かも知れませんが、タンポを少し厚めに設定しておき、キー取り付け時に押さえ込むことである程度の気密性が得られるようです。
頭部管を装着してCキーの開閉による音出しを行ってみましたが、ここまでは何とか上手く機能しています。
 主管側の各キーのタンポ調整
続けて主管側の各キーのタンポ調整を行いますが、ここでも前記の手順①~⑩(タンポの固定 ~ キーの組み立て ~ 隙間の確認 ~ キーの取り外し ~ 調整台紙の配置 ~ 再組み立て)を順次行います。
右図は、タンポ隙間修正における調整台紙の配置例です。

隙間の形状は不規則で、しかもなだらかな曲線状になっている為、基本的には扇形にカットした調整台紙をこのように階段状に配置します。(時として左右対称ではない場合も有ります)

紙厚を薄くし、且つ重ね合わせる枚数を多くするほど細かな(正確な)修正を行うことができますが、貧弱な紙製のスキミゲージで隙間の形状を読み取るには限界があり、このスキルはある程度の経験が必要であることを実感しました。

タンポの出し入れで、調整台紙がずれる懸念が有る為、本来はタンポの裏側やシムに糊付けするのが望ましいのですが、今回はキー皿に挟み込むだけにしました。
キーの多くはアセンブリになっており、タンポ調整では何度もキーメカニズムの取り外しと再組み立てが必要となります。組み立ての手順を判り易くする為に、各キーのアセンブリを7つのグループに分け各々に番号付けを行いました。
アセンブリ毎に隙間の確認を行い、もし問題が有れば、⑥情報の収集 ~ ⑦キーの取り外し ~ ⑨調整台紙の配置 ~ ⑩キーの組み立てと隙間の確認...の手順を繰り返します。
尚、ここでの組み立てや調整の順序は、成り行きで行ったもので根拠のあるものでは有りません。但し、その順序によっては以後の組み立てに支障が出る場合が有ります。
アセンブリ毎のグループ番号 ①~④グループを組み立て
⑤~⑥グループを組み立て ⑦グループを組み立て
各画像をクリックすると拡大画像が表示されます
何度も行うことで少しずつ要領(こつ)が掴めてきましたが、初めてのことなので随分時間が掛かりました。ここに来て、タンポ交換調整が高額となる理由がやっと解りました。
又、何度もキーの再組み立てを行った為、老朽化していたキーストッパー部のクッション材がボロボロと剥がれてしまい、薄いコルク材が使用されている部分(計9箇所)を全て貼り直して補修しました。
ボンドで接着したコルクの厚みはキーの開き具合が十分に確保され、且つ均一になるように少しずつ削って調整を行います。
クッション材の交換
キー開閉制御用スプリング
 フルートのキー開閉制御用スプリングについて
フルートの各キー開閉動作は、細くて強靱な1本のスプリング(バネ)によって制御されており、各キーは、常に穴を塞ぐように作動するものと、常に穴が開くように作動するものとが有ります。
キーの開閉制御は、力を加えると変形し力を除くと復元するスプリングの性質(弾性力)を利用して行われます。
この項では、キー開閉制御用スプリングの位置、及びキーメカニズムとの関連についてをまとめてみました。
① 各スプリングの位置とスプリング番号
下図のように、歌口側から管尻側までのスプリングに番号付け(01~17迄)は、内側に接しているものを優先しました。
キーの開閉制御は、力を加えると変形し力を除くと復元するスプリングの性質(弾性力)を利用して行われます。
赤いライン がスプリング、 印は各スプリングを固定した側、 印はスプリングが作動する側を表しています。
フルートのスプリング番号 (拡大図
② フルートの穴番号
フルートには大きさの異なる穴が全部で16個有ります。これらの穴の開閉(運指)により、オクターブの音律が作られていますが、各スプリング番号がどの穴位置の制御に関連しているかを確認する為、穴番号を下図のように表しました。
スプリング番号と同じように歌口側から番号付けをすると穴位置が接近している場合に順序の判別できない為、番号付けは表面側のカウントを優先しました。
フルートの穴番号
③ 各スプリングのキー動作表
下表は、各スプリングがどのようなキー形状、及び穴の開閉を制御しているかを表しています。
《フルートに於ける各スプリングのキー動作表》 ( 色表示部分は関連するキーの形状)
キー開閉の状態 関連する穴番号 スプリングが制御するキーの形状
SP-01 常に閉じるように作用 14
SP-02 常に閉じるように作用 13
SP-03 常に開くように作用 1
SP-04 常に開くように作用 2
SP-05 常に開くように作用 4
SP-06 常に開くように作用 3
SP-07 常に閉じるように作用 16
SP-08 常に開くように作用 5
SP-09 常に開くように作用 6
SP-10 常に開くように作用 7
SP-11 常に開くように作用 8
SP-12 常に開くように作用 9
SP-13 常に閉じるように作用 10
SP-14 常に開くように作用 11
SP-15 常に開くように作用 12
SP-16 常に開くように作用 15
SP-17 常に開くように作用 15
注: ブリチャルディキー(左手親指でB♭音を出す時に使用)部分は、リーフスプリング(板バネ)が使用されています。
又、連結機構により複数のトーンホールを制御しているキーも存在しますが、ここでは個々のスプリングが直接作用するキー形状のみとし、各キー動作のメカニズム(連結部やストッパー等)については説明していません。
下図は、各キーのスプリング(バネ)を適正な位置にセットする為の工具です。100円ショップで見付けたハンダ付け用の補助ツールを改造したもので、左側の先端は当初フォークのように少し曲がっていましたが平たく伸ばし、右側はスリット状に加工して有った片側を切り落としもう一方をこのような形に曲げました。
スプリング掛け工具
エピローグ
 初めてのフルートリペアですが、やはり予想していたように調整台紙を使ったタンポ調整のスキルが最も難しく苦労しました。
フルートのキーメカニズムは、キー皿の支点を中心とした開閉動作が行われ、タンポの前部と後部では移動する距離も違いますが、隙間調整時はトーンホールが同時に塞がれる一ヶ所のポイント(のみ)で隙間がゼロとなるように調整する必要が有ります。
当然、各タンポの厚み(フェルト、ボール紙等の基本構造)は均一では無く、調整台紙による隙間の微調整を行うことになります。
扇形に切り取る調整台紙のほんの僅かな大きさや厚みの違いで隙間が上手く塞がらず、何度もキーを取り外しての再調整を試みました。
やはり一番難しいのは、隙間の形(厚み)に合わせて調整台紙を配置することで、余りにも面倒なので、今回は無難な調整レベルで妥協しました。完璧な調整を行うには、できるだけ薄い調整台紙を何枚も階段状に積み重ねて隙間の形状に合わせることが必要となります。
又、バネ圧は均一で弱めに調整するのが望ましいのですが、常時塞がれているキー(特にA♭キー、E♭キー)の隙間調整が難しく、どうしてもバネ圧を少し強めにする傾向となりました。
このページで紹介した自己流のスキルには、多分稚拙な部分も有るかも知れませんが、リペアを行う前に比べ少なくとも楽器としてのパフォーマンスは向上しているものと思われ、取り敢えず今回の対応は概ね上手く行ったようです。
リペア完了!
Flute Repair by Shuji Kusakabe
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